神戸地方裁判所 昭和27年(レ)37号 判決
控訴代理人は主文第一乃至第三項と同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「控訴人組合は里組区内山林の管理経営を目的とし、山林道路の改修、火災予防、盗伐防止等区内にある山林所有者の共同の便益を図つているのであるが、里組区外に居住する被控訴人らはその所有山林が区内にある関係上、将来も右の便益を受けようとして本件松茸採取権を控訴人組合に贈与し、控訴人組合は被控訴人らに右のような管理義務を負うことを約諾したのであつて、このような負担附贈与においては被控訴人が一方的に贈与契約を取消すことはできない筋合である。」と述べ、なお「本件贈与の客体は、本件山林上に発生すべき松茸を山林に立入つて継続的に採取取得しうることを内容とする一個の権利と解すべきであつて、毎年発生する個々の松茸がその客体ではないから、その履行は一回限りのもので毎年履行することはありえない。そして被控訴人らが昭和二二年度産の松茸を採取する代償として、金一、〇〇〇円を控訴人組合に交付した頃、本件贈与はすでに履行を終つたものである。」と附陳したほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
別紙第一目録<省略>記載の土地が被控訴人前川佐七、同前川かじの共有にかゝり、同第二目録<省略>記載の土地が被控訴人前川嘉郎の所有に属し被控訴人前川佐七が右各土地の管理人として同土地で松茸を採取していたこと、控訴人組合がその組合員である河野為市ほか数名を通じ、昭和二二年九月中旬頃被控訴人前川佐七に対して、右各土地における松茸採取権を控訴人組合に贈与されたい旨申入れたことについては当事者間に争いがない。被控訴人らは右申入れを拒否したから控訴人組合に松茸採取の権限はないと主張するが、原審証人竹口秀雄、同河野為市、同下村四郎、当審証人三野勝、同曾根由夫の各証言を綜合すれば、被控訴人らは前記日時頃控訴人組合の前記申入れを承諾し、前記各土地に産出する松茸を採取する権利を終期を定めないで控訴人組合に贈与すること、但し昭和二二年度産の松茸のみについては、被控訴人らがこれを採取することを当事者間で契約しその代償として被控訴人らが控訴人組合に金一、〇〇〇円を支払つたこと、控訴人組合は昭和二三年度以降は右採取権を一般に入札に付し、被控訴人らは同年度以降昭和二五年度までは毎年控訴人組合から右入札の機会を与えられていたこと、がそれぞれ認められるのであつて、以上の認定に反する原審並びに当審における被控訴人前川佐七本人尋問の結果は、前記各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はないから被控訴人らの前記主張は採用できない。次に被控訴人らは本件贈与は書面によらない贈与であるから、昭和二七年三月一九日の原審口頭弁論期日において民法第五五〇条によりこれを取消した旨主張しているが、右贈与が書面によらない贈与であつたことは控訴人組合の明かに争わないところであり、又被控訴人らが主張の口頭弁論期日に於て控訴人組合に対し、主張の理由で贈与を取消す旨の意思表示をしたことは原審記録上明かなところである。控訴人組合は被控訴人らの贈与の意思が明確であり又すでに履行を終つているから、もはや取消すことは許されないとして争つているので、この点につき考察することとする。一般に土地所有者が自ら地上に産出する松茸を採取する限り、それは所有権の当然の効果であつて独自の財産権としての性質をもたないのであるが、これを他人に採取し取得させることも可能であつてこの場合は土地並びにそこに産出する松茸の所有権から流出する一の財産権として取引の対象となりうるもので、本件にいわゆる松茸採取権と称するものもかような性質を有すると解される。そこでさらに松茸採取権の贈与とはいかなるものかを考えてみると、それは贈与者に於て受贈者が松茸採取のため自己所有の山林内に立入ることを認容し、且つ当事者間で特に終期を定めない限り、右山林上に毎年定期に発生すべき松茸を無償で継続的に受贈者に採取し取得させることを内容とするところの、基本的な債務の負担行為を意味するのであつて、別言すれば山林上に定期に産出すべき松茸の給付を目的とする贈与と解すべきである。そして現実に毎年山林上に産出した松茸を受贈者が採取取得する権利は、前記基本的な債権より支分的に派生するものとみるのが相当である。松茸採取権の贈与を右のように解するならば、贈与者において前記基本的な債務を履行したと認められるときに、贈与契約全体の履行を終つたものとみるべく、毎年現実に松茸が発生した際その度毎に履行を要するものではないと云うべきである。何となれば、定期になさるべき給付をとらえてその都度履行を要するものとすれば、贈与者は何時でも未履行の将来の給付を取消すことができると解するのほかなく、かように解することは継続的な給付それ自体を所期するところの、定期の給付を目的とする贈与の性質と相容れないものだからである。これを本件についてみると、前記認定のように被控訴人らが控訴人組合に松茸採取権を贈与した際、昭和二二年度産の松茸のみについて被控訴人らがこれを採取することを約し、その頃その代償として金一、〇〇〇円を控訴人組合に支払つているのであつて、右代償支払のときに社会観念上贈与契約全体の履行があつたと認めるのが相当である。以上認定のとおり本件贈与はすでに履行されてしまつたのであるから、被控訴人ら主張のような贈与契約の取消はもはや許されず被控訴人らが控訴人組合に対してなした贈与取消の意思表示は何らの効果を生じないといわねばならない。そして本件贈与について終期の定めのないことは前に認定したとおりであるから、控訴人組合は従前どおり松茸採取の権利を有していると認められる。そうだとすれば控訴人組合のその余の主張につき判断をするまでもなく、被控訴人らの松茸採取権の確認を求める本件請求は失当であつて、その請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人らの請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古川静夫 中島孝信 藤野岩雄)